分かち合うこと
こないだ久しぶりに
高校時代の友達に電話した
俺「もしもーし、久しぶりー!」
友「久しぶりー、どしたー?」
俺「いやー、BOSEのスピーカーが欲しくてさ、2万ちょっとするんだけど、2万ちょっとくれない?」
友「はっ?…どゆこと?」
俺「だから、BOSEのスピーカーが欲しくてさ、2万ちょっとするんだけど、2万ちょっとくれないって聞いてみてるんだけど?」
友「はっはっはっはっ!…んー、ええでー。」
俺「はっはっはっ!マジで!?」
友「口座、教えて〜振込わ〜。」
ってなことがあった
冗談半分というか冗談全部で言ってみたんだけどまさか応えてくれた友達に感謝と笑い
自分もそういう人であろうと思った
というか実は自分も見知らぬ人によくお金をあげてたことがある
誰もが他人に頼れて誰もが他人に応えられる社会ってどんなだろう
もちろん応えない人もいて然るべきだけど、応えてくれる人がいるっていう安心感
もし
自分にお金がなくて、仕事にも就けなくて、身内も知り合いもいなくて、生きることが困難であるとき
赤の他人に助けなんて求められないし助けてもらえるわけがないと信じていたとき
選択肢は
のたれ死ぬか、盗むか
赤の他人でも求めれば助けてくれる人がいると信じることができれば
のたれ死ぬことも盗むこともない
去年、フィリピンのマニラを歩いていたとき小さな子どもが群がってきて楽しそうに話しかけてきながら
一生懸命に財布やスマホを盗もうとしてきた
もちろん盗られないようにしたけど全くムカつかなかった
彼らは生きるためにしているんだと思ったらそれを否定することは、死ねって言うのと同じだと感じたから
彼らが死ぬのと、彼らからしたら恐ろしく豊かな旅行客の財産が少し減るのとどちらがいいかと考えたら
彼らが盗んででも生きるほうがいいんじゃないかと感じたから
けど盗まなくても生きれる社会であればなおいいのは言うまでもない
生きる為の犯罪は
分かち合うこととそれを求められる社会風土でなくせると思う
お金でも気持ちでもなんでも他人に求めてもいいんだよ〜
断る人もいるだろうけど必ず助けてくれる人もいるから〜
無条件の見返りも何もない施し
それを愛っていうんじゃないかな